またか、と俺はため息を吐いた。


ふとした目覚めは決していいものでは無かった。毎回のことだが。背中と首が痛い。
やれやれと畳から起きあがってはぎとられた布団にくるまる肉塊を見た。面倒臭えなあもうと呟きながら頭をがしがしとかき。
風邪引いたらどうしてくれんだ。テイネイに、テイチョウに出来るだけ起こさないようにしながら布団と毛布を剥ぐ。
息が漏れた。

「・・・おい」
「・・・・・・・」
「起きてんなら布団よこせ」
「寝てる」
「フザケンナ」
「・・・・・・・寒い、」

しぶしぶというように布団とその下の毛布をそろそろと広げた。顔はあっち向いたまま。横着な野郎だなあテメエはよ。
タオルを引いた敷き布団の上と快くゆずられた布団に潜り込んで途端蹴られた。

「イテエっ」
「足が冷たい」
「誰のせいだ」
「さあ・・・」
「オイ」

親父は眠りについた。時間切れを示すヒーターの時計が黄色く光ってる。中は暗いくせに外の方が明るい。遠くで電車が走る音が聞こえる。・・・近くにそんなもんあったっけ?
ぶる、と寒気が背中を昇った。ううとうなって布団をずり上げようとした時に親父を見る。
なんとなく息を詰めて前髪をかきあげた。眉間の皺は無い。急に不愉快なような何とも形容し難い気持ちになって舌打ちをした。
「犯すぞ、テメエ」

殺される覚悟があればやればいい。
















陽が昇る前に絞首台








ヤツと出会ったのは大学1年の時だった。出会うとかそんなたいそうなものじゃないか。
夏休みに入る手前だ。大講義室ですきまなくビッチリうまった般教を受けていた所に、きしんだ音を立てた扉が薄く開いてホウキが姿をのぞかせた。
ホウキ?教師が壇上でひとり喋っているこの講義を聴いている奴はほとんど居ない。つまんねえしな。ザワついている。少し周りをうかがうようにホウキが揺れてあっこっち見た。しかも目が、あった、ような。その男(男かよ・・・)はニカっと人好きしそうな笑みを浮かべてようやく講義室に入ってくる。


「ここええ?」
「あ?」
「席」

ああー。ニホンジンデスカ?

「かなわんなーちょお遅刻しただけでこんなんやでいくら出席とるからて息苦しいわ下手すると最前列行かなあかんようになるし誰も聞いてないんやから少しは考えて講義すりゃええんにそう思わん?」
「・・・・・・・」

ひとり凄いスピードで話し始めた男は鞄を机の上に置いてまたひとり笑った。ついていけずゆっくり瞬きをした。そこで初めて男は気づいたようにああ、と頷いて椅子を倒しながら手を差しだした。

「張や。沢下条張」
「・・・戌亥番神」
「番神、な、宜しく。それにしても凄い頭しとんなー何やソレモップ?」
「お前に云われたくねえんだよホウキ頭」
「誰がホウキ頭やモップ頭」
「テメエだホウキ頭」

急にまじめな顔をしていた表情を崩してふ、と張が笑った。なんだその手は。

「わかった。わかっとる。皆まで云わんでええ」
「ああ?」

肩におかれた手を払った。

「嫉妬しとるんやろ。この、スタイリッシュなヘアスタイルに」
「頭湧いてんのかテメエ」





とかまあ、和やかに出会った俺たちは次の授業でも一緒になりそこから急速に打ち解け互いの部屋を行き来するようにまでなった。人生って分からん。
奴は経済・・・経営?経済かどっちかの学科であまり学校には来ず部屋に行くとはパソコンをいじっていた。
近くのスーパーかコンビニで買った土産を手にぶらぶらと奴の部屋に行くと鍵は大抵開いていて邪魔するぜ、と一言呟いて靴を脱ぐ。鍵が閉まっていたら外出中だ。まあ滅多に閉まって無かったが。そんな感じでどこにでもある、普通の大学生の生活を送っていた。つもりだった少なくとも俺は。

ある日、いつも通り鍵が開いている扉を開けて入り部屋をのぞくと張は折りたたみの椅子に座っていつも通りパソコンをいじっていた。タンクトップにトランクス。扇風機をパソコンに向け送風しながら自分はうちわを仰いでいる。
奴はこっちを見ずにいらっしゃーいと云いキーボードをたかたかと打っていた。冷蔵庫にビニル袋をほおりこんで、扇風機の向きをかえた。
座っていると暑さがジワジワとこみ上げてくる。

「・・・お前さあ」
「んー?」
「単位大丈夫なのかよ。留年する気か」
「ワイんところは必修少ないから大丈夫〜」
「・・・つうかいっつもソレ何してんだ」
と聞けばこっちを向いて金の成る箱、とパソコンを軽く叩いてにやりと笑った。








冬になれば週1くらいで張の部屋で鍋をした。そのころには張はほとんど学校に来てなかったような気がする。張はいつも通りだったし俺も俺で聞くのもなんだかなあと思ったから深く聞くのは止めにしていた。ただたまに来れば、と云えばそうやなあと履修登録もしていない俺と一緒の般教を受けにくるだけのことはした。
奴と会って季節が一巡りする頃に、恒例の張の部屋での鍋にメンツがひとり増えていた。

「ホラホラちゃっちゃか食ってちゃっちゃか上げてやー追加すんで」
「・・・・・」
「コラ肉ばっか食うな!」
「ウッセエなあ葛きりまだ?」
「それはー」
「タック焦げついてんぞ」
「あかん、取って」
「取れねえ」
「・・・・・」
「やから野菜も食べ云うとるやろ、斎藤!」

親父は面倒くさそうに白菜や揚げやらそこらへん界隈をつまんでよそって、食べた。張はその一挙一動を俺は二人を見ていた。












「・・・・ヤベエ、遅刻する」
と思った。布団から跳ね起きてスウェットを脱いだ。一昨日着て脱ぎ捨ててある服を拾い集めて着込む。横目で目覚まし時計を見やって更に焦ってボタンを掛け違えた。

「・・・・行くのか」
「ああ!遅刻だ遅刻する」

親父が後ろでもそもそと布団から抜け出した。何か腹に入れねえと死ぬ。袋の口が開いたまんまのロールパンを胃の中に詰め込んで牛乳をパックのまま飲んで歯を磨く暇もなく手元のガムを噛む。わたわたと鞄の中身を確認してしまいこんで部屋の鍵をひっつかんだ。玄関まで走る。だああああああ定期忘れた。
戻ろうとしたところで親父にぶつかった。

「親父邪魔っ」
「今日は俺も出る」
「は?」

見ればいつの間にか着替えている。心なし薄着な気がするがそれどころじゃねえ。ああそうとだけ返事をして部屋に戻った。親父は靴を履いて扉を開けていた。
外は冷たい。マフラーに鼻をうずめる。

「どこ行くんだよ」
「さあ・・・?」

あの部屋を出た親父が行く所なんてたかが知れてる。行ける所はあっても行く所は無い。
金はあるが使えない。いやもうそれはいいのか?
パチンコにでも行くのか。そうしてくれた方が有り難い。

「・・・合い鍵はここ張ってあるからな」
「・・・・」

とりあえず仕事に行かねえとやばい。鍵を閉めて親父と別れた。








親父は警察官で俗に云うキャリアだったわけだが。何を思ったか一昨年急に仕事を辞めて張の元に転がり込んだ。
いわゆるヒモ。ヒモだ。聞けば家事はほとんど張の奴がやるらしいし親父は一日中ゴロゴロしてるだけだ。
求人誌をめくるわけでもなくひたすら毎日ゴロゴロゴロゴロ朝は張よりも遅く起きて張の作った朝か昼かよく分からん飯を食い部屋で眠りこけ帰ってきた張がつくる晩飯を食いそしてヤったりヤらなかったりして寝る。
いい身分だなあオイ。そこまで思って初めて親父に会ったのはいつだったかなと思いつきハイスピードで答えは返ってきた。
アレだ。あの時、、張の部屋で浴びるほど飲んだ日だったかな。最悪な状態で目がさめておーい張キャベジンか何か無えとか言いかけて、部屋をノックもせず確認もせずブチ開けたわけだが。



見てしまった。此の世で見たくないものワーストランキングのかなーり上位に食い込んでくるものと云えば事故現場だとか浮気現場だとか。なんだけれども、どもどもAVなんかじゃなくてしかも生、生で友人のヤってるところなんかさらに見たく無い。
のに見てしまった最悪だ物凄く後悔した。アホか自分しかもなんか張に組み敷かれとる奴、なんか、、ペニスが見えるんですけど。


俺は固まった。奴は遅れて俺の存在に気がついてキャベジンと聞き返した後台所の横の三段籠の中と答えたきり下の野郎に目を落とした。
ああそうサンキューと軽ーい返事をして扉を酷く丁寧に閉めようとした寸前に。
正体不明の宇宙人が掠れたコエで奴の名前を呼んだ。
低いクセに妙に高くてガラスか他固いものがひび割れたようなそれでも濡れた音色でちょう、と。

泣いているのかと思った。キャベジンは無かった。三段籠すら無い。





その日は奴とも顔を合わせることもせずに自分の部屋に飛んで帰った。そしてなぜか知らんが律儀に講義に出ていた。
頭の中にはその光景とコエとがぐるぐる回転していて何も頭に入らないというかどうやってその日を過ごしたのか未だに思い出せない。でも昼飯食って午後からの講義の事を考えてたら忘れた。一種の自己防衛か。
3限の講義が休講だったからすることもバイトも無くぶらぶらと駅周辺を散策した。つまんねえ。適当に本屋に寄って、最近出た雑誌なんかを立ち読みする。店員が迷惑そうに何回か横切った。


暇だな。ふと顔を上げたとき、自動ドアの向こう側に、知った顔を見た気がした。
相手もそれに気がついて、昔からの変わらない陰気臭い笑顔で手を挙げる。
暇だったから読みかけの雑誌をほおりなげて本屋を出た。

「はっは、テメエ久しぶりだな」
「相変わらず馬鹿そうだな」
「そういうテメエも相変わらず陰気クセえな」

ふふふと低い声で笑う相手は高校時代から何ら代わりねえ。つい懐かしくなってはしゃぐ。
歩道の並木によりかかるようにして立ち話だ。

「お前が大学生か。よく受け入れてくれる所があったな」
「うるせえよ」
「学校生活はどうだ」
なんか父親と喋るような内容だな。
「まあおもしれーよ。というかつるんでる奴が気の合う奴でさ」
「ほう」
「真っ金金のロン毛で関西弁喋る妙な奴なんだが」

そいつが少し眉を上げた。

「・・・同じ大学か?」
「あ?そうに決まってんだろが」
「・・・・・・」
「つうかお前今何やってんだ?」
「ああ私か?私は」
「オイ」

いきなり後ろから呼びかけられた。振り返る。ガラの悪い男が相手を睨んでいる。・・・何だコイツ。

「テメエ確か」

言い終わらないうちにその男がぶっ倒れた。驚くだろうそりゃ。相手の方を見れば手首から何かしら変なベルトが

「何してんだ、テメエ!」
「コイツ等には見覚えがあってな」
「へえええ、・・・じゃねえだろうがこんな所で何すんだ、一体お前今何やって」
「オイコラお前等、何してくれたんだ」
「ああっ?」

振り返れば金髪の男が居た。なんだか思い出さなくてもいいような事を思い出しそうな気がした。ウゼエ。

「聞いてんのか」

気がついたら殴り飛ばしていた。










































06.01.11 途中up

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