じわりじわりとまるであめのようにカラダをしんしょくしていくそのおとがいろがかがやきがこおらせてやまないもえるカラダを



かわいいひと





「雨止まんな・・・」

ひっきりなしに振り落ちる雨を見上げてため息にも似た科白を吐く。
窓から手を出しほおをついてまるで餓鬼のようにしぶる。


「・・・見つめて居たところで上がるわけでもないだろう」
「せやけど」

今度こそため息を吐く。
カラダ全体で落胆を表す張を一瞥。
今日は仕事も珍しく暇をもらい定宿でくつろいでいる。

布団も敷かずに畳に横たわるのは決して行儀がいいとは云えないがたまには
こんな日があってもいい。


寝ころんだまま云う。

「・・・・そろそろ閉めろ。湿気る」
「んー・・・もうちょい」
「・・・・・」


しつこく空を睨む。まるで餓鬼だ。
まあ事情を知っているだけにそこまで強いようとは思わない。

今日は張たっての希望でどこか出かける予定だった。
嫌がる自分をしつこく説得し続けてやっと堕ちた矢先。

「これだ・・・」


まあかわいそうに思えないこともない。
かなりの度合いで落ち込むこの男に同情する。

ふうと息を吐いてごろり寝返る。かかる単衣の裾をうっとうしそうに払う。
朝から雨を確認していたから髪はそのまま。
長い金色の髪の毛が少しまぶしくて目に痛い。

首を傾げるたびに揺れる。
つい昨夜目の前で見たソレ。
その時のことを思い出してガラにもなく赤面する。
冷たくなった指先。
温度が上がった頬にあてがい安堵。

ガラじゃない。
本当にそう思う。





シュ。

箱を擦る音。
その音に反応。


振り向いた張は着崩れてのぞく足の付け根に目を見張った後すぐに斎藤のカオに目をやった。
退屈なわけではない。
この男の姿を見ているだけで満たされる。


けど。


「・・・・・・・・・怒っとんのか?」
「何故だ」


煙を吐く。

「なんとなく」
「・・・・・来い」


やっとからだを窓縁から離してこちらへ向かう。
かたわらにつかれた手。

のぞくかおに煙を吐き出す。
激しく咳き込む男に笑って残りを灰皿にねじこんだ。


「・・・・雨が降っている」
「・・・せやな」
「おってする仕事もない」
「・・・・・」
「お前は空を見てばかりだ。
俺にはやることがない」
「・・・・・・」
「張」
「斎藤・・・・・」






「出るぞ」

「はっ?!」


のばしかけた行き場の無い手をぶらぶらさせて間抜けた面をさらす。
そんな張の視界のはしにひっかけ立ち上がる。
確か傘は玄関わきだ。
黙って階段をおりると慌てて後ろから追ってきた。
何かしら叫んでくるが無視。
来たくなければ来るな。

だけど必ず後を追ってくるのを斎藤は知っている。
気づかれないよう前を向いて笑った。






「雨止まんのに」
「そうだな」
「あんた昨日雨降ったら行かんて」
「気がかわった」

なにやら納得しきれないとでも云うようなかおで横を歩く。

「どこ行くん」
「さあ・・・」
「さあてなあ」
「お前は何処に行きたかった」


張は片手に持った傘をすこしゆらす。


「・・・別に決めてへんかった」
「そうか」

まばらに雨。

玄関にかけられた一本の傘。
女将にもう一本、と頼む前に張は斎藤の手をにぎり宿を出た。
もう片方には古びた傘。通りに出れば人一人いない。
おそらく張は分かっていたんだろうと斎藤は思う。
朝から外ばかり見ていた。



ゆっくりとした足取りで雨の中進む。

道に沿って鞠のような花が並ぶ。


「・・・紫陽花」

ふぅん、と返して横目でのぞく。
この時期になるとよく見る花。


「・・・これつぼみあるやん」
「ああ」
「ムシるの好きやったなあ」

なんだそれは、と斎藤が少し表情を崩した。
笑い混じりの声。


「・・・もうするなよ」
「わーとるって」



紫陽花の行列に別れを告げて横道にそれる。
影が濃くなる。
少しだけぬかるんだ道。

触れあった肩はそのままで張は斎藤を連れた。


雨がしとしと鳴る。生い茂った木にさえぎられ雨が見えない。
それでも傘を閉じようとはしない。
張の少しだけななめうしろ。
斎藤は表情だけで笑った。










「・・・結構歩いたなぁ」
「・・・・・・・」


ようやく傘を閉じる。
神社の境内。鼻の先で雨が降る。
肩が触れたとき張がわずかに目をやった。


「・・・・・」

傘をぶるぶるとふるう。
水しぶき。かおにかかった雨をぬぐおうとして斎藤は気づく。

張の右肩に手をのばす。

着流された単衣。
そこだけ色をかえる。
手を置くとなまぬるく濡れた体温が伝わる。

斎藤はため息を吐いた。


「・・・・この阿呆」

余計な気を遣いやがって。
そのまま首をつたいほおに触れる。
ぴくりと反応。
目を上げるとまっすぐな鶸色が斎藤を見た。


「・・・・べつに気ぃつこたわけちゃ」
「黙れ」


首を引き寄せて口づけ。
驚いて目を見開く。


「さい」
「・・・人は居ないんだろう」
「んっ」


舌で誘うと張はあっけなく返してくる。
雨にまぎれて立てる音にしびれた感覚が背筋に走る。

立っているのがつらい。
首に手を回して更に深く。


「・・・は」

肩を頭にのせる。

息を吐いて、吸うの繰り返し。


「・・・斎藤」


低い声。
吐息と一緒に耳に流れ込む。
背骨のあたりを駆け抜けて耳鳴り。

その感覚にぴくりと反応して張の顔を押しやった。


「・・・・耳元で喋るな」

不満の声をあげながら下唇をつきだす。その唇をなめるとまた口づけてきた。
今度は目を開いたまま。
すぐ横でゆれる金色がいやに目にしみてまばたきをする。

「、は・・・」

斎藤は目を伏せた。真っ暗な世界の中でそれでも明るくひかる残像。
金色の光。それだけじゃない。

張の音が、色が、光が体中を侵食していく。ほしくてたまらない。

カラダの感覚がこの男を求めて止まない。


「・・・張っ・・・」

濡れた唇。押しつけるようにして舌を入れ込んだ。
















てのひらを空にむけて確認。
冷たい雨が容赦なく降り注ぐ。

ずいぶんと冷えてしまった。



「・・・帰って風呂にでも入るか」
「一緒に入ろうな」


横目で見ると満面の笑み。やれやれと受け取った傘を広げようとすると左から
手がにゅっと出てきて奪い去る。


「・・・・・・何の真似だ」
「あー・・・」

うー、とかん、とかそんな感じの返事をして傘を左に持ち帰る。

「いやな、ワイ傘も好きなんやけど」
「・・・・・・・・・・・・・?」
「手つなぐ方がもっと好きなんやって」


しばし沈黙。

「・・・・独りでやってろこの阿呆」

歩き出す。慌てて張が後を追う。
さっきと同じ。
違うのは並んで歩く張の手。

行ったり来たりして迷っている。
斎藤はまた表情だけで笑った。

「張」

ぐ、と手を握って張おどろいたような顔をする。
すかさず口づけてうろたえた張から傘を奪い返す。

「あっ」

惜しそうな顔する張に風邪をひいたらどうにもならんだろうが、と云って傘を広げた。
大きい音を立てて咲く花。
ぼけら、と見つめる張に向かい早く来いと手招き。
あわてて駆け寄る。

至近距離。
張がこちらの表情をうかがうようにちろちろ視線をやっている。

斎藤はこらえきれずとうとう笑った。



「・・・っく、くくく・・・っ・・・」
「・・・?」
「っ、く・・・は、ははっ」
「??」
「はは・・・っお前は、どうしてそう・・・・」
「???」


わけがわからない、という表情をする張を見てもう一度笑う。
ひとしきり笑ってしまうとぼとりと張の肩に頭を乗せた。


「っはあ・・は、ぁ・・・・」

まだうろたえている張にかまわず頭を押しつける。
目にうつる金色の光。
髪を一筋すくって愛しそうに口づけた。



「さ、斎藤・・・」
「張」


目を閉じる。




「・・・俺は、おまえのそんなところがだいすきだ」


突然の愛の告白に目を白黒させ顔を真っ赤にしている張を見てまた笑う。
傘を張に持たせ手を引き歩き出した。

「・・・早く風呂に入らんとな」



どこまでもつづく灰色のそらのもとのびる道を行く。





05.09.08 up
04.06.13 完成

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