性格の悪い猫がツメをたてるように獰猛な狼が喉笛に歯をたてるように斎藤はお前がきだ、と左之助に云ってのけた、







月と白昼夢











「左之」

「左之」




うっすらと自然にまぶたをあけようとすると強烈な光が刺し込んできて
左之助は低くうめいてみせた。


「・・・・頭いてえ」


まぶたの向こうで誰かが肩をすくめた気がした。


「浴びるほど飲めばそうなるでござる」
「うるせえ」

鉛のようなからだをひじをついて起きあがらせる。
少しの振動でさえからだの中枢からあっと云う間に脳天へと直撃する。
倒れ込むのも面倒くさい。
あたまが痛いから。


短くいきを吐きながら腹直筋にちからをこめる。
ああ、と声をもらして静かにあたりを目だけで見渡す。



「何か食べるでござるか」
「・・・いや、いらねえ」
「大根の味噌汁」
「あとでくう」


やれやれと。また視界の端で剣心が肩をすくめた気がした。何度目か知れない。
いきを深く吐いて左之助はひざにてをあてて腕の筋肉にちからを入れて立ち上がってみせる。


「けんしん」
「井戸はでて右でござるよ」


本当に大丈夫か、と、くびを傾げてみせる小柄な男に向かっててをひらひらと振る。
あたまが痛い。
めがチカチカする。
からだがだるい。
胃がもたれている。
あたまが痛い。


のそのそとからだを引きずりながら引き戸にてをかける。

左之助は振り返った。
ゆっくり。あたまに響かないように。


左之助が寝転がっていたのは道場だった。










「左之助!もう昼過ぎよ」
「頼むから黙ってくれ。あたまが死ぬ」


嬢ちゃん、と付け足して差し出された水をがぶ飲みした。
てから離した桶は、ガラン、と小気味よい音をたてて井戸の底へと向かった。
めが先刻より醒めた気がする。
湯飲みを盆に乗せてからあたまの水分をてでかき飛ばす。
乾いた土に水がしみた。



もう、とかやめてよね、とタオルを投げつけられて左之助はそれをありがたく頂戴する。


「弥彦は」
「赤べこよ」
「精が出るねえ」
「あんたもちょっとは働きなさいよ」
「考えとこう」
「昼御飯食べる?大根の御味噌汁あるわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪いけど」
「剣心が作ったのだけど」
「頂こうかな」


どういう意味よ。あたまをはたかれて左之助はしゃがみこんだ。







「昨日誰々がいたっけ」
「それも忘れたの」


ずず、と味噌汁をすすりながらくびを傾げる。
と云うか昨日全般の記憶がぶっ飛んでいる。
神谷道場に居たのだって記憶の範疇外だ。


あたまを少しまわしてあたりを見回す。
昨夜、宴会が行われたとは思えないほど静か。
ひっそりと自分を取り巻く空気に身震いする。
膳に椀を置いてげぷ、といきを吐いた。

「汚い」
「生理現象だぜ」
「乙女が居る前で」
「何処にその乙女が?」


投げつけられたおたまを器用によけながらそう云えば

「女狐は」
「もうとっくに帰ったわよ。何時だと思ってんの」


やはり居たのか、と一言余計なんだよな、と呟きそうになった言葉を呑み込んで
もう一度げぷ、といきを吐いた。
少し酒のにおいがした。














片づけられた膳が在った場所に寝転がっている。
だいぶ痛みもひいたな。
両手と背中の筋肉をのばす。
うあ、ともれた声に外で洗濯物を取り込んでいた剣心がのぞいた。


「暇そうでござるな」
「まあな」
「ならば手伝わんか。左之のもある」
「あ?」
「飲み過ぎで弥彦が上に戻してしまった上着でござる」



左之助は視線を下に向けた。どおりで風通しがいいと思った。


「あのガキ」
「そうだ左之助」


剣心の前に嬢ちゃんが現れた。


「これ返しといてくれない」
「ああ?」


道場に上がり込んで左之助の目の前に薫が立った。
ひなたの匂いがする。
健康的だな、と少し笑った。



差し出されたのは風呂敷だった。



「んだこりゃ」
「上着よ」
「オレのか」
「何でソレをあんたに頼まなきゃなんないのよ」



薫の言葉を聞き終わらないうちに左之助は風呂敷を開いた。


「あっ」


薫が声を上げた。



「?」



風呂敷の間にてを突っ込んで、中のものをつかみだした。
持ち上げた。


















どかん、


と脳みそがゆれた気がした。
心臓が跳ね上がった。呼吸が止まった。
目を見開きすぎた。
少し乾く。



左之助は昨晩の記憶を全て思い出した。




どんちゃん騒ぎが続く道場を出た。外の空気が吸いたかった。
まだ飲み足らない。寝酒にもならない。

逃げる気か、と叫ぶほうきあたまに中指をたててぞうりをひっかける。




「ああー」


肌にあたる風が気持ちいい。夜の風。

上着はとおに脱いでいる。道場の中に置いてきた。
がりがりとあたまをかいて道場の角を曲がろうとした。
曲がった。







呼吸がつまる。
闇に溶ける紫煙。




「・・・・さいとう」
「何だ」






闇の中でも浮かぶ白い手袋が白い煙草をつかんで白い紫煙をくゆらせている。
口の中が乾く気がした。

酔いが一気にあたまにまわった気がする。
ごくりと無い唾液と空気をのんだ。





彼は何も云おうとはしない自分を見てつまらなそうに視線を地面に落とした。





「・・・こんなところにいたのかよ」



しまった。声がかすれた。







「居ちゃ悪いか」
「悪いっつうか」




飲まねえのかよ。


何も応えなかった。

黙って突っ立ったままの自分を思い返してそれでも無遠慮に彼を見続けて本当に何をやってるんだ、と思う。




「座れ」


うっとおしい、と。云われるままにのろのろと彼の横にこしを落とした。
めの前が白く薄くけぶる。

左肩に自分とは違う温度と大気を感じて左之助は握りしめるこぶしにちからを込める。

斎藤は黙っている。左之助は黙っている。

何を話していいのかが分からなかった。
普段はどんな風に会話してたっけ。
そもそも会話なんか成立してたか?態度は。
最初に在ったら何を話してた?
斎藤は何を云う?そして自分は?










「ソレ」



無意識にめについたものが其れだった。
いや実はその前に薄いにめがいっていたんだがん?と眉を寄せて右手のブツをわずかに上げてみせた。
ふう、と長めに煙を吐いている。
煙が溶ける先を見つめて星がめに入った。
明日は晴れるだろうか。


「ひよっこには早い」
「誰がひよっこでい」
「貴様以外に誰が居る」
「オレはもうひよっこじゃねえ」
「知ってる」


















・・・・・・・ああ、如何してコイツは、こうも、オレの心臓を止めるのがうまいんだ。





左之助は胸とのどの奥からせり上がってくる何かをこらえようとした。






「・・・・・・・・・・・・・」










斎藤がまばたきをした。

酷くゆっくりで時が止まるかと思った。

オレの心臓が止まったように。





彼の手から落ちた煙草は土の上で焼けている。

斎藤は左之助の顔を見た。

目を見た。

月明かりに照らされたその瞳はまるで何かの動物かのように金色に光っていた。




「・・・さい」



斎藤は笑った。いや、笑っていなかったかもしれない。
彼は怒っていただろうか。無表情に。
いつものように。
わずかに眉間にしわを刻んでこちらをにらんでいたのかも。
それほど曖昧な表情で、月に栄えるような闇に溶けるような柔らかい表情で、
彼は自分を見た。

そして云った。









どこか酷く遠くで、嬢ちゃんが弥彦の名前を悲鳴の後に呼んだ。
気がした。
















「左之助?」


びくりと肩を動かした。
慌てて、それでもゆっくりとした動作で薫を見上げた。


「其れ、斎藤があんたが潰れたあとかしてくれたのよ。
風邪ひくって」


ああそう、とのどをひくつかせた。

紺色の乾いた制服。握りしめるてにちからが入った。



「あんたどうせ暇でしょう?返しに行ってくれない」


左之助はもう何も云わなかった。耳に多分何も入ってなんかいない。
静まりかえった空間の中、左之助は乾いたを舐めた。

するはずの無い香り。かぎなれた匂い。


あのとき押しつけた唇が煙草と同じように焦げたようで、左之助は











05.09.14 up
05.09.12 完成

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