衝動
その衝動は不意になんの予告もなく湧き上がってきてあっと云う間にからだじゅうをむしばんでいった。
自分ではとうてい制御しきれないくらい、意味もなく叫び出したくなったり相手の頭をつかんでわしゃわしゃとなぜくりまわしたいと思ったりおもいっきり殴りつけたいと考えたりぶっとい胸板に抱きついて頭を押しつけたりそのままベッドに押し倒したり花瓶や家具や壁や家や地面や地球まで破壊したくなるのだからとてもたちが悪い。
上から二番目くらいの明るさに調節してあるベジータの部屋。明る過ぎる照明は頭が痛くなるから嫌い。
目の前の男が神妙な顔つきでカードをきっている。
息子から最近教わったという手品をわざわざ披露しにきてくれたらしい。
テーブルに荒れてささくれ立った指がカードを丁寧に並べていく。本人は丁寧のつもりでも微妙に歪んでいる。
どう考えても手品向きではないよな、とどうでも善いことを思いながらベジータは悟空の動向をぼんやりと見つめる。
悟空の指が時折止まったりカードの上をさまよったりしてる。
うなったり頼りない声を上げながらそれでも手品は進んでいく。
ジリジリと蛍光灯が鳴く音がする。
いつもなら部屋主より騒がしくはしゃいだり騒がせたりする人物が黙ってるから嘘みたいに室内は静か。
ベジータはベジータでもともと騒ぐことなんてしないからそのまま静寂に身を浮かべてる。
違うだろ、違う、そうじゃねえ、
それ、いや違う、馬鹿野郎そこ、そこ、
違う隣!そうそれだそれ
手品の種をとっくに理解しているベジータは危なっかしい手つきの悟空を心で怒鳴る。
ほおづえをつきながらそれでもおとなしく戯れにつきあっている。
「………」
真剣な表情を浮かべる顔を眺めた。
相変わらずいいオトコだ、と鼻を鳴らしてベジータは見つめる。
さすがこの俺を惚だすだけのことはある。
太い眉とか眉間にゆるく刻まれたしわとか。
真っ黒な瞳が真剣に見つめたりまばたきをする様に身震いをする。ベジータは高い鼻筋がのびた先に落ち着く唇を目にする。
乾くらしく舌を出してぺろりと舐める。其の赤が物凄く鮮明に見えてベジータは思わず息をのんだ。
「……………」
ヤバイかな、と思って視線を観客らしくカードに落とした。それがいけなかった。
「……、」
骨張ってごつごつした太い指がカードと机を這う。大きい手がカードを広げたりまとめたりしてる。
ベジータの心臓がごとりと音を立てた。
「………………」
腹の底からぐずぐずと這い上がる重い感覚を覚える。
心臓にまとわりつく其の感覚が鼓動をしぼる。
ベジータは短く息を吐いた。
指から目をそらそうとしてもどうしても巧くいかない。目が離せない。
その手が、指が、自分に触れるイメージが眼球の裏をこする。
めまいがした。
ベジータの頬にあてがう、そのままゆっくりと耳に触れる。
耳たぶをさわって軟骨をさする。
耳の穴に薬指が差し込まれる。乾いた音を立てて穴をふさぐ。
ぞくり、背筋に震えが走る。
行動がつながる。後頭部に手を回されて、首筋にふれる。
指先で耳の裏から軟骨をなぞられる。肌にぞくぞくと鳥肌がたっている。
『ベジータ』
「…(っう、わ)」
幻聴が耳をかすめていった。
思わず上げそうになった声を飲み込んだ。顔に血が昇るのがわかる。
ベジータは口もとに手をあててうわああああああと叫び出したいのをどうにかしてこらえる。
指と指のすきまから小さく呼吸を繰り返す。心臓が異常なほど高鳴っている。
相手に聞こえるんじゃないかと思うくらい。
なんとか呼吸をおさめた。じっとりとわきあがる汗に舌打ちをしてため息を吐く。
どっと力が抜けた。
指はねえだろ指は、俺は指フェチかよ。それとも欲求不満か、と心の中で毒づいて一瞬だけチラリと悟空を見上げる。
「…」
あー、とかうー、だとかうなってテーブルにゴリゴリ頭を押しつけるベジータに悟空が気づく。
「どうしたんだよ」
「んでもねえよ」
悟空が首をかしげる。それだけ伝えるとベジータはまたため息を吐くのだ。
終
05.10.03 up
05.06.13 完成
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