一文字漢字
6想








後から後からどんどん吹き出す汗に悪態を吐いた。
これだから熱帯地への遠征はいやだ。


ラディッツは腰の辺りまで生い茂る草を手と足としっぽで払いながらざしゅざしゅと進む。
ベジータが後ろから黙ってついてきているのが分かる。
照りつける五つの太陽にめまいがする。
さっきから似たような景色しか目に映らないのも疲労となる。
少しずつ、確実に体力が削り取られていく。

通りがかりの木の幹に手を突いて、ため息。 バシ、としっぽで傍の草を払い前へ前へと足をのばす。



「ラディッツ」


首だけ後ろに向ける。ベジータが息を軽く吐いた。
かざした手が光ったかと思うと辺り一面の草木が焼かれた。

「少し休憩だ」

質問でも提案でもなく、ベジータが一方的にそう告げて倒れた木を背に腰を落とした。
ラディッツは黙って従う。あごにつたう汗を手の甲でぬぐう。
舌でなめて、しょっぱい、と眉を寄せる。ベジータがもたれている木に少し離れて座った。

ベジータが頭を振った。ラディッツはその横で左耳に手をやる。スカウターを外して眺めた。


「チ、」

軽く舌打ちをする。側部のボタンを押してもなにも反応してこない。
先刻の先住民との戦闘で故障してしまった。

ラディッツは重い肩を上げる。
木に投げつけて、あっけなくスカウターは燃えた。


「…………」

ベジータが黙って目をやった。備品は丁寧に扱え、などと思ってもいないことを云う。


チームと離れた二人が飛びもしないで熱帯雨林をうろついているのは水を探しているからだ。
上からだと見えるのは毒々しい原色の固まりだけで湖なんか見えやしない。

さっきみたいに上から焼き払っても善い。
けれどそうすれば水も一緒に蒸発してしまうかもしれない。


ご丁寧におおい茂る上部だけを焼いて回るほど、ラディッツにもベジータにも気力は残っていない。
この星の半分以上をも包む森のことを考えればなけなしの気力もかき失せる。
上空から見下ろしたときに、かすかに光るのを森の海に見つけて
それをてがかりにうろつくハメになっている。





「見間違えじゃないのか」
「見えたんだよ」
「ならなぜ見つからんのだ」
「オレが知るか」
「…クソ…っ」

ベジータがゆるく握った拳で木を殴る。


ラディッツは黙ってベジータを見つめた。
同じようにこめかみから流れ落ちる汗が、顔のふちをなぞる。
重力に従って地面へと落下した。



ラディッツは貴重な唾を飲み下す。
自分よりはるかに露出の低い戦闘服がからだをおおう。
ジャケットからのびる手足のアンダースーツは所々破れて血がにじんでいる。

手袋の白さが目に痛いくらいしみる。
心臓が跳ね上がった。

その手に、腕に、顔に、からだに、触れたいと思った。





「………」

ベジータはなにも云わなかった。

ただ面倒臭そうに目線をあげただけだ。

指先に、触れた体温がじわじわと伝わる。
そろそろとのばした手でベジータの二の腕をつかんだ。


「………」


何か云ってくれれば善い、と思った。
カラカラに口が渇く。上あごに舌がくっつきそう。
手を振り払ってくれれば善い。ラディッツは指先に力を込める。

顔を苦しそうにゆがめて、ベジータ、と小さく名前を呼んだ。


「………」


少し引くとベジータのからだがこっちを向く体制になる。

「ベジータ」


今度はさっきよりも強く呼んだ。目線がかち合う。
もう片方の手でベジータの顔に触れる。
さっき願った望みはあっけなくかなう。

ラディッツは手甲を外して地面に落とした。

もう一度触った。
まだ幼さが残る表情より上に手をずらす。
髪をなでた。そのまま横に手をずらして、首の後ろに手を当てる。
引き寄せることなんて出来ない。
力を無くした手が肩の甲をなでて腕へとつたう。





ベジータのスカウターが泣いた。




背後の森から、鳥が飛び出して消える。
ベジータがかすかに呼吸をした。胸が上下する。
破れたスーツからのぞく肌に触れた。
傷にさわる。親指の腹で軽く押さえてから手袋を引いた。

ずる、と布擦れの音を立てて抜けた。砂埃が立つ。
ベジータの手をとる。
ラディッツの行動をぼんやりとした目で追う。


ラディッツはその手を握った。

唇のところまで持ち上げて、キスをした。



「ベジータ」


ベジータのからだが少し動く。



「ベジータ」



ラディッツが顔を上げた。

ベジータの瞳をのぞく。

その黒すぎる瞳に滑稽なほど真剣な面をした自分が見える。


やめろ、とベジータの目が云った。
今までなにをされても抵抗なんかしなかったくせにはじめて表情を変えた。



「ベジータ、」

「やめろ」

云うな、と。

ベジータのからだがこわばる。
引きかけた手を握りなおす。
離すものか、と思う。聞いてくれ。聞かしたいことがあるんだ。お前に、
聞いて欲しいことがあるんだ。


ベジータの目がやめてくれと伝える。ラディッツはそれを無視した。

「ベジータ」
「ラ」




















ピピッ、とベジータの耳のスカウターが鳴った。

張り詰めていた空気が一瞬にして溶けた。
目で訴えられて、ラディッツは手を離すしかなかった。
離れる一瞬までの体温を感じた。

息を吐いて通信の体勢をとる。

「なんだ」

相手はナッパのチームのようだ。







「…数十分後に迎えが来る」

そうかよ、とつぶやいてラディッツは手をあげた。
その手にベジータが自分のスカウターを投げてよこす。

「なに」
「お前がつけてろ」
「なんでだよ…」
「十分寝る」

肩を落としてスカウターを耳につけようとした。





ベジータが目を見開く。

「!ラディ……っ!!」

装備したスカウターが鳴った。 どん、という音がしてからだが揺れた。
地面にひざをついた。腹が焼けるように熱い。
畜生、と吐いてくらった方向へエネルギー波を放つ。

「ギャッ」

何かがこげる臭いが鼻をついた。
またベジータにどやされる、そう思った。

「チィッ」

スカウターが已然と鳴り響く。
ベジータが当たり一面に気砲を放った。
なんかどっかで見た光景だな、そう思って瞳を閉じる。


「寝るなっ、馬鹿やろう」


また気砲の音がした。


「クソっ」



ベジータが次々に森林を破壊していく。
汚い断末魔と怪鳥が飛び去る音。

ラディッツは歯を食いしばって目を見開く。
ぎり、歯がこすれる音がした。

スカウターに映る方向に気砲を撃ち放つ。
ブシュッ、下腹部から水が漏れるような音がした。
力が入らない。
のどにせり上がってくる熱い何かを吐き出した。

胃液かと思ったのは真っ赤な血だ。
クソ、と口をぬぐって立ち上がろうとする。


目の前にノイズが走る。
さっきまで昼間だったのに急に暗闇に変わった。



「ラディッツ、後ろだっ」


ゆっくり背後を振り返った。















「う……」

ラディッツは薄く目を開けた。
自分が空中に居ることに気がつく。
ベジータがからだの下で舌打ちをした。

激痛に顔をゆがめるとジャケットを着ていないことを知る。

「焼いてやった。あまり巧くいかなかったがな。
出血死したかったのなら悪かったな」

そう吐き捨てて歩くよりゆっくりとした速度で宙を飛んだ。
はるか向こうに焼けた森が見える。

蒸発した湖も見つかった。
ははは、と力無く笑うラディッツをベジータは下から睨み上げる。


「クソッタレ…」

ふらふら蛇行しながらベジータは飛んだ。


「…?」

ベジータの額に脂汗がにじんでいる。
ラディッツは首を傾げようとした。

「顔色悪いぜ」
「貴様よりはマシだ」



ナッパが向こうで手を振っている。

どちらからともなく流れるように血液が滴り落ちる。
















何時間か後、宇宙を横切って惑星フリーザに着いた。
ぶしゅう、と間抜けな音を立てて宇宙ポットの扉が開いた。

起き上がろうとして腹を押さえる。吹き出す血に歯を食いしばって耐える。
遠くでベジータさまのお出迎えが見える。
鼻で軽く笑って、ポットから降りた。

早く治療室に行かないとそろそろやばいかなと思う。
薄汚れた壁。
少しだけ熱いそれに体重をかけてベジータが出てくるのを待った。


「…?」

おかしい、と思った。
ベジータがいつまでたっても出てこなかった。
よろつく足に喝を入れてポットに近寄った。
頭が予測についていかない。
震える手でポットの中をのぞき込んだ。


「ベジータ」


外から緊急に開けたポットからベジータがずり落ちた。


「ベジータ」


小さいからだを支えて顔をのぞき込もうとしたときにからだがぎくりとひきつった。

背もたれに付着している、おびただしいほどの赤が。


「ベジータ」


周りの管制員が駆け寄ってくる。
頭の裏側が冷たくなる。
じわじわと冷たさが広がって耳が遠くなる。
指先が冷たい。自分の心臓が耳の横で音を立てる。
からだが小刻みに震えるのが分かった。
もういちど名前を呼ぼうとした。

「ベジータ様っ、」
「おい、治療室へ…」

ぎくりとした。
ベジータにのばされた手を思わず払った。

「さわるなっ」

肩に抱えあげたベジータはいつもより軽い気がする。
空気がひきつるような呼吸音が鼓膜をかする。ラディッツが走り出した。







治療室には誰も居なかった。後ろについてきた誰かが医者を呼びに走り出ていった。

旧型にはどれも故障中の張り紙。
新型にかえられたメディカルマシーンはどれがどのボタンなのか分からなかった。
畜生、とだけ吐き捨ててついでに血も吐いた。
腹からぬるく流れ出る血がベジータの胸を濡らす。

死なせてたまるか、頭の中をそれだけがぐるぐるとまわっている。
部屋の隅に見つけた張り紙のない旧型のメディカルマシーンにベジータを担ぎ上げて走りよった。
ベジータを床に下ろしてボタンを押した。



溶液が流れ込む音がする。
ベジータがピクリとからだをふるわせた。
薄く目を開けてラディッツを映した。
顔に貼り付いた血が乾いている。
ラディッツはしゃがんでベジータの顔をのぞき込む。
耳の横に手を当てた。
少し咳き込んだときに出た血がベジータの頬に飛んだ。


「…ラディッツ」

う、と低くうめいてからだを起こそうとしている。
肩を押さえた。
乾いた呼吸を浅く繰り返してその唇が声を発した。

ベジータがラディッツを見上げる。

「…俺は、後で、善い。 お前が、先に、入れ」
「イヤだ」
「ラディッツ」
「いやだ」
「しにたいのか…っ」
「いやだ」
「…貴様とは、できが、違う。…早く、しろ、」
「ベジータ」

名前を呼んだ。
自分でも分かるほど情けない声だった。

左手でベジータの肩に手を乗せた。


「ベジータ」


ベジータが目を上げた。

ただでさえ狭い眉間に何時も以上に刻み込まれた皺。


「ベジータ」
「ラ、」


ベジータの頭と、肩においた手に力を入れた。

云うな、とベジータの目がゆがんだ。

ラディッツは息を吐く。

その空気の震えでベジータのまつげが揺れた。

「ベジータ」


距離を少しだけ詰めた。




































「お前がすきだ」









馬鹿やろう、と震えた唇に自分の唇を押し当てた。
少し埃っぽくて、血の味がする。

すぐに離してベジータのからだを抱き上げる。


なんで云うんだ、とベジータが泣きそうな声で吐き出した。
弱々しく血に濡れる指先でラディッツの背中に指を立てる。
ラディッツはそれに気づかなかった。破れたアンダースーツのままほおり込んだ。


ベジータのからだを離す前に、ラディッツは少しだけ強めに抱きしめた。


「お前が死ぬなんて、いやだ」


貼り付けたチューブと口に突っ込んだコードがどんどん溶液に沈む。
ベジータの手が浮いた。

ラディッツの方向に手を伸ばして、ガラスに少しだけ触れる。

思考が閉じる前にベジータはラディッツの顔を見た。
何かを云おうとして、コードから空気が漏れる。

ベジータの指先から赤い線が引いている。
赤い軌跡を残して、つ、とガラスをなぞって腕が落ちる。



メディカルマシーン独特の音が部屋に響く。
腹の底から響くみたい。

此処で治療してると、必ずというほど覚えてもいない胎児の頃の夢を見る。
ベジータのからだがゆらゆら静かに揺れる。
ガラスごしにベジータの顔を見た。



ラディッツは目を閉じて、からだから力を抜く。













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