一文字漢字
07.流









じわじわと染み込み始めた寒さにベジータは身震いをする。
半径一〇キロ以内には自分たち以外存在しないんじゃないのかと思うほどの
辺境の地に生涯の好敵手と認めた人物と二人。
相手はさっきから何がおもしろいのか空ばかり見上げてる。

ベジータはおっくうそうにあくびをかみ殺す。



「なあ、まだか」
「まだだなー」
「もう今日はいいだろう」
「今日のがしたらいつになるかわかんねえだろ」



そんなことを云い合ってかれこれ四時間と少し。
何百年に一度かという大流星群。階下でブルマとトランクスがわいわいと騒いでいた上で
ベジータは惰眠をむさぼっていた。
昔の仲間を世界中から呼び集めて大鑑賞会でもするつもりらしい。
ベジータはくだらないと一言云い残して自室に閉じこもる。


うとうととしながら読みかけの古書を閉じようとしたときに耳に流れ込んできたのは
控えめなノック。
いつもは人の都合も迷惑も考えずに瞬間移動とやらで突如姿を現すくせにどうしてこんな。
つまらない集まりにもつまらない本にもつまらない睡眠にもあきあきしている。
めを少しだけ細めてベジータはドアの外の気をうかがう。




「ベジータ」


聞き慣れたテノールにからだが震える。
思い切り眠そうに声を上げる。


「入ってもいいか」
「好きにしたら善いだろう」
「カギ開けてくれよ」
「瞬間移動をすればいいだろう」
「ベジータ」



ブシュウ、という空気が漏れる音をたてて扉が開く。
ベジータの部屋の電気は消えている。
廊下からの逆光で悟空の姿が陰になる。
後ろからさしてくる人工灯に眩しそうに目を細める。


「ベジータ」


喉がなった。なに、と云ったつもりだった。


「星見にいかねえか」


悟空が差し出すよりも先にベジータが悟空の手をとった。




















まだ流星群は見えてこない。
隣人はさっきから一瞬たりとも見逃すまいとしているかのように目を凝らしている。
隣に居るベジータの事なんて忘れてるみたい。

ベジータは黙ったまま悟空の横顔を見つめる。
何分かに一度の頻度でされるまばたきにベジータも合わせて目を閉じた。


瞬間移動で行くと思ったのに。
握りしめた手はそのままでゆっくり窓から文字通り飛び出した。
ベジータは舌打ちをする。
こんなことなら手をつなぐ意味なんてない。
そう思うんだけどどうしても振り払えなかった。

子どもよりも高い体温にそこだけじんわりと侵食される。心まで侵される気持ちがする。
吹き付ける風は冷たくてもそこだけ痛いくらい暖かい。

ベジータは知らず知らずのうちに手に力を込める。
悟空とつないだ反対の手に。




どこへ行くつもりだ、と尋ねたベジータに悟空は何も応えなかった。
黙ってついていけばどんどんと人里離れた場所へと移動していった。
チラチラと揺れるはるか下の光に別れを告げて二つの光はどんどんと飛んでいく。

降り立ったのは大きすぎる森の小さな湖畔だった。
ぽっかりと空いた上空には驚くほどの星、星、星。
息を呑んで目を見張ったベジータを横目に悟空はあぐらをかいて座り込んだ。
もちろん手はつないだままで。


「家でも家にある天体望遠鏡でも見れたのに」
「あんなもん」


あんなもんって、お前。
お前が一生働いて稼いだって貯めれないような額がかかってんだぞ、頭に
浮かんだ考えを打ち消した。
こいつが働くなんて考えられないしそれに星がこんなにもきれいだ。

星を見に行かねえかと云うからこれだけで終わるかと思ったのに、流星群を見るんだ、と悟空は云った。
まあそれもそうかと思ったベジータは悟空の横に腰を下ろした。
まさか四時間とちょっともそのままになろうとは思いもしないで。









辺りは静かすぎてすこしうるさい。
頭を少し振ったベジータがつま先で転がっていた石ころを蹴飛ばす。
今頃カプセルコーポレーションでは何をやっているんだろう。
大人たちは酒に酔い大騒ぎをしているかもしれない。
子どもたちは騒ぎ疲れもう寝ているかもしれない。
どちらにしろここは周囲から切り離された空間。
この世に二人しかいないんじゃないかと錯覚させられる。
別にそれでもいいと思う。
ただっ広い世界に二人きり。
気が狂いそうだ。



かすかな呼吸音だけが互いを生きていると認識させる。
二人の間に会話は無い。
ベジータはもはやあくびもしないで夜空を見上げてる。
少し湿った柔らかい草にからだを横たえて星と悟空とを見つめる。
手をつないでいることさえ忘れてる。
その体温が、感覚が、存在が、全て自分の一つとなっている。




ベジータは目を閉じた。
まぶたの裏に浮かんできたのは、悟空と出会う前と、悟空と出会った頃からの人生だった。
もの凄い勢いで、時折酷くゆっくりと流れていく景色。
自分は変わったと思う。
自分だけじゃない。
自分を取り巻く全てのものが変わっていった。

当たり前のことかも知れないけれど少しだけ胸に焼き付く。
ベジータは腹の中で笑う。
自分らしくない。
本当にそう思う。

でも、自分らしいってなんだろう。




いつだって自分に忠実に生きてきた。善悪なんか関係無い。
抑圧されたって斥圧されたって前に続く道を見据えてやってきた。
それは全て自分以外の何のためでもなくて自分以外のために生きることなんて知らなかった。



でもその考えが間違いだということに最近になって気づく。
小さい頃に戦ったのは自分に流れる赤い血と強くなりたいという気持ちからだった。
幼い頃からたたき込まれたエリート精神と教育。
目の前の障害物をかたっぱしから消し去れば滅多に笑わない父親が頭をなでてくれた。
さすがオレの息子だ、そう云って笑った。
純粋に嬉しかった。そして其の男がいつか自分で殺せるかどうか気になった。


少年期に入れば日を追うごとにもっと強く、もっと強くと誰にも抑圧されないくらいの、
誰にも斥圧されないくらいの強さを渇望した。



だけど元をたどればそれは抑圧や斥圧から逃れるためだった。
これっぽっちも自発的なんかじゃない。




地球に来てからは目標が変わった。
地球育ちのサイヤ人とか云うふざけた最後の同族をひたすら倒すために強くなった。
それまで生きてきた以上に血反吐を吐いた。
四六時中相手しか頭に無いなんてザラだ。
相手を倒すことが自分の全てで、それが生きる糧だった。




地球に来てから全てが歪み始めたのかも知れない。
それは分からない。知らない。
そんなこと自分にだってわからない。
だけど、確かに、あの時が全ての起点になったことはわかる。
ベジータは思う。

あのとき自分は恒星に会った。
強い、どうしようもない引力でひきずられた。
自分がどす黒い宇宙の穴だとしたら奴は恒星だった。
気を抜いたらこちらが引き込まれる。


奴に消えて散ったはずの赤い故郷を見た。
こいつに懐郷の念なんてあるはずもない。
それでもベジータは思うのを止められなかった。


奴は照らし続けて、自分は呑み込み続けた。
思えば昔自分と関わったものは皆死んでいった。
幼い頃に生きる糧を与えてくれた奴も少年の頃背中を支えてくれた奴も
皆みんな死んでいった。
気はみんな暖かかった。思えば自分だけが黒かった。
皆を呑み込んだ。
自分のせいだとは分かっていた。

自分のためだけに生きているようで実際は全く違っていた。


それでも皆は自分を照らし今そばにはいない。
こいつだけがいつまでたっても消えてくれない。
気を抜くと泣きそうだ。



自分が強くなる理由や戦う理由を必要としていたのに対して相手はなにも必要としていなかった。
純粋に強くなることを楽しみ、強い相手と戦うことを望んだ。
ベジータはそれに酷く嫉妬した。
自分は相手が死んで戦う事をやめてしまったことすらあったのに。
それでも自分の生き方は変えられなかった。



いつか自分がこいつを呑み込むかも知れないと思った。
自分の黒さがこいつを引きずり落とすかもしれない。
そうとは思うのに側にいるのをやめられない。

追いつきたいと思う一方で自分の届かないはるか高みに行って欲しいと思う。
悟空は日向の匂いがする。
ベジータを余す所なく照らし尽くす。

焼き尽くしてくれれば善い。
影すら残らないほど、焼き尽くしてくれれば善い。
自分という存在をお前の手で消し去って欲しい。














「あっ」


悟空が短く声を上げた。
手をつないだまま立ち上がって、ベジータを見た。

まぶしい笑顔。


「見ろよ、やっと来たっ」


悟空の後ろにいくつもの光がとめどなく走る。
辺りが昼間より明るくなる。

光の線でおおわれた空が二人を照らし出した。
まるで世界の終わりみたい。
逆光で見えないはずの悟空の顔が見える。
ベジータは眩しく思って目を細めた。

悟空の顔の筋肉全体を使った笑顔が好きだ。
それが自分に向けられていると思うと胸が締め付けられる。
どうしようもなく泣きたくなる。



「見ろよ、すっげえ」



ベジータは悟空のその唇にキスをしたいと思った。











05.09.14 up
05.04.20 完成

ほんまはベジータの後ろにも光は照っているんやで、ということを14行目”逆光で〜”で
感じとってくださるとええなあ、という。

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