01.おはよう





屋根から雪が落ちる音で目がさめる。
重たいまぶたを開けて、目をこすって、体を起こそうとしてう、と低くうめく。
吐く息が白い。心なし部屋の空気が湿ってる。

布団をはねのけて窓に向かう。
畳から床におりる。
裸足にフローリングが痛いくらい冷たい。つま先立ちでよたよた歩く。
前のめりでこけそう。
なんか指が切れそうだ。



スウェットの上から両腕をこすって白い息を吐く。
カーテンをひいて窓の外を眺めた。


海堂はゆっくりまばたきをする。
目に何かがささったかと思った。
目に痛いくらいまぶしい景色が広がる。
降ってきた雪が庭をおおい尽くして視界を白いものに変える。
昨日の晩の内につもった雪が街中をおおってる。


海堂の頭を一瞬のうちによぎるのはテニスのことだ。
これじゃあ多分中止だろう。
舌打ちをしてコーナーに立てかけたテニスバックをよしよしとなでる。
布団にほおった携帯をとりあげる。
ぱちりと開いてメィルボックスを見る。


差出人:林
件名:non title
本文:緊急連絡網。よー見たかよ雪だぜ!雪!
すっげーの!今日は部活休みだぜー多分あしたは雪かきに
なるんじゃねーかな  コレ次のヤツに回しとけよ れんらくも
ー順  飛ばすなよ  仲直りしろよ  ついでに貸したCD返す
ようにいっといて

愛の死者林



「使者だろ、馬鹿が」

海堂の口元がゆるんだ。そのメィルの下にまた別の未開封メィルがあることに気づく。
差出人を見て眉をつりあげる。





ドンッ



ガラスをたたく音がした。
なんだ、と振り向けばまたガラスに押しつける音が。

開きっぱなしのカーテンからのぞく窓に白いものがへばりついている。

海堂は薄く笑う。

馬鹿が、ともう一度つぶやいて投げ出したパーカーを羽織った。
窓の外を確かめることなんかしてやらない。
メィルなんか見てやらない。

海堂はドアノブに手をかける。
靴下をはいてる時間はない。気持ちと思考に余裕もない。




海堂は葉末の部屋の前を駆け抜ける。ドタドタと足音をたてる。
わざとドアを連打して走った。
うるせえぞ、と乱雑な声があがる。
自分そっくりで少し高い声はなんか眠そう。
ウッセエ、死ね、と叫んで海堂は階段を飛ぶように下りる。
まるで落ちてるみたい。
着地の瞬間少し足をひねった。






玄関の鍵を開けた。
焦りすぎて上の一個の鍵が斜めのままだった。
開けたときにガチ、とロックされて前につんのめる。

外の空気が流れ込んだ。
隙間から白い世界が差し込む。




「・・・・・・・・・・」



はあ、と息を吐いた。吐き出された息は一瞬のうちに冷えて白く凍る。
注意深く、今度は落ち着いてドアを閉めた。
鍵を開け直す。
ゆっくりとドアを押すと窓から見た景色となんら変わりないものだった。


海堂は靴をつっかけた足を踏み出した。
うう寒いと吐きだした。
云った端から空気が凍る。
海堂は握りしめる。
画面にメィルを開いたままの、パーカーのポケットに突っ込んだ携帯。




海堂は眉をひそめた。
門のあたりに妙なものが立っている。

足を踏み出して雪の中を進む。無言でふたりは睨み合う。

大小の雪玉二個を積み上げた物体。
頭に乗っかっているバケツも胴体に突き刺さっているほうきも黒々とした石ころにもスコップにも
みんなみんな見覚えがある。
よく目をこらせばスコップには『かいどうはずえ』というきったならしい文字が書き殴られている。



ポケットに手を突っ込んで、携帯の画面をのぞいた。




『ごめんね(_ _)』



画面の上の方でeメィルマークが点灯している。
受信中の時間が永遠と感じるくらい長く思う。
海堂はいらいらして舌打ちをする。

門の向こう側から鼻をすする音がする。
海堂はそれを無視した。




『怒ってる?(>_<)』





なんだそりゃ、と海堂は吹き出した。
声を立てて笑った。
笑い声が静かすぎる住宅街の朝に響く。
電線になんとか乗っかっていた雪が次々に地面へと落ちる。
鳥が鳴きながら飛び去っていく。


海堂はヒィヒィ腹を抱えて笑って携帯をパチンと閉じてポケットに収めた。
はあ、と息を吐いて薄く唇に笑いを乗せる。



「怒ってねえよ」





雪がこすれる音がした。




「もう怒ってねえ」



雪を踏みしめる。門の向こう側から現れた影に海堂は目をむく。
途端またけたけたと笑い出した。


いつも三〇分くらいかけて立てる、ヤツのトレードマークでもあった髪の毛は
情けなく下りている。
鼻の頭は真っ赤に染まって絶えず鼻水をすすってる。
長袖からのびる濡れた指先。
鼻と同じくらい赤くて見てるこっちが痛い。

かじかむらしくさっきから握ったり開いたりをぎこちなく繰り返す。
海堂は目を細めてまぶしそうに笑う。



「風邪ひくだろうが、馬鹿か、貴様」
「それいうならお前だって」
「あ?」


トナカイがうらめしそうに云った。
海堂はその目線をたどる。



その時はじめて、海堂は自分がサンダルで雪の中にいることを知った。









05.04.25 完成
06.01.04 up

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